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PROJECT

プロジェクト

過去の自分に誓う、地方創生。

就活の新しいコンテンツを生み出す

WEBマーケティング事業

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MEMBER

過去の自分に誓う、地方創生。

松島 大

2006年新卒入社

よくもわるくも素直で裏を読まない性質です。分からないことは理解できるまで諦めません。しつこいです。理解できたら果敢にトライします。というクセがあります。

過去の自分に誓う、地方創生。

宮澤 早希

2005年入社

地球のネコは私のネコ。スマホの中も全てネコ。
年に1回は愛機CONTAXとロードバイクで、ネコ島に。
一方で陶芸を嗜み、いずれ窯を持つという目標がある。
何でも吸収、感覚知と実証値を併せ持つグループ屈指のクリエイター。
人あたりがよく朗らかな笑顔で、惜しみなく力を貸してくれる。
♂ネコ2匹と暮らしている。

CONTENTS

葛藤のスタート

思わず、ため息をついた。配属先は、財務経理部だった。大学で経理を専攻してきたから、辞令は順当といえば順当だ。
「仕方ない、か。」
大学時代、経理を専攻していたものの、数値の羅列に興味が持てないまま3年が過ぎ、経理は自分には合わないと思った。だから、就活での企業面接では、いつも営業職系を希望した。
入社した「綜合キャリアグループ」では、その当時、新入社員のほとんどが企画営業職として配属された。だから、当然、自分も配属されると思っていた。意気揚々と入社式に臨んだものの、辞令は…財務経理部だった。
出鼻をくじかれた。財務経理部が、どうとかではない。ただただ、違う行き先の電車に乗っただけだ。仕事だから、やりたいことができるわけじゃない。
「仕方ない。」自分を納得させようとすればするほど、挫折感めいたものがつきまとう。ようやく自分を納得させられたのは、配属から数か月後。季節はのどかな春から酷暑の夏に変わっていた。

それから9年が経った。財務経理部の仕事に慣れ、ある意味、面白みさえ覚えてきたとき、システム開発部と委託事業推進部から声をかけられた。
「地方自治体の現状を探ってくれないか。」
地方創生に関わる新規事業が成功するかどうかは、初動リサーチにかかってくる。しかし、システム開発部も委託事業推進部の誰もが多忙極まるなかで、自治体のリサーチに人員を割くことができないというのが理由だった。
そんなに暇そうな顔をしてたか?
現状の業務に新たにプラスされるため、面倒だなと思ったのは一瞬だった。自分にとって、たとえ助っ人であっても、プロジェクトの準備であっても、この声がけに胸が高鳴った。

これまでの経理の仕事と並行しながら、地方創生に関わる自治体の経済状態、課題、特徴などをリサーチしていく日々が始まった。やがて調査を踏まえ、どの自治体も抱えている「人材不足」という課題から大枠の提案内容を決め、詳細はリサーチに基づいて提案書を作成した。
提案内容は、①(対象)首都圏の大学に通う地元出身の学生を集め、 ②(目的)地元の企業の良さを知ってもらうために、③(手法)企業を見学して記事を書いてもらうという「インターン型のツアー」だ。
各自治体へのプレゼンテーションは当初、委託事業推進部のトップに同席してもらっていたが、ついに自分一人で自治体に提案する機会が巡ってきた。
「チャンスだ。」
財務経理部の仕事と並行してやってきた真逆の副業だったが、いつの間にか自分の中ではメインワークになっていた。
初めての提案は受託にはつながらなかったものの、自分に自信をつけるには十分だった。仕事への高揚感を覚えるのと軌を一にして、周囲の自分に対する見方も徐々に変わっていく気がした。
ついに願いが成就した。待ちに待った辞令。「事業企画部」という新しい部署への異動を命じられた。事業企画部では「地方創生プロジェクト」という、これまで並行してきた副業を本業として専念することだった。異存はない。あるはずない。
それから、さらに各自治体へ提案を重ねるうちに、手ごたえのある自治体にたどり着いた。

燕市(新潟)の受託ができたのは、それから間もなくのことだった。

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仲間との出会い

初の受託に、ほっとする間もなく、イベント運用に取り組まねばならない。学生のインターンツアー開始までタイトではあるが、時間は待ってくれない。
期間までに学生を集められるのか。一方で、学生を受け入れる企業を集められるか。燕市も大手の企業を集めてくれると期待している。うれしいことだが、それは日増しにプレッシャーへと変わっていった。しかも仕事は肥大化、煩雑化していく。

このとき、力強い仲間が増えた。
Web制作のプロフェッショナル、眼鏡男子の松澤君だ。
地方創生プロジェクトにとって急務だったWebサイト関連、プロモーションツールの制作担当として加わってくれた。
松澤君は、こうしたい、こうしてほしいと言うリクエストを、まずはやってみようというスタンスで聞いてくれた。聞いたうえで、「いい」「ダメだ」とはっきりと意見してくれた。
「松澤君、Webモニターから回答があって…サイトが見にくくて、ロゴもちょっとわかりづらいということなんだ。どうかなぁ。」
自分だったらモチベーションダウンしまうようなことも、すべて伝えた。松澤君はプロとしてのプライドもあるだろうに、意見に耳を傾けてくれる。そして、こう言ってくれる。
「わかりました。できるだけやってみましょう。」

そして、もう一人、強力な仲間が手を貸してくれた。
地方創生プロジェクトのWebサイトで、企画・記事ライティングとカメラマンをこなしてくれる宮澤さんだ。知識が豊富でそつがなく、時に鋭い指摘をしてくれる、いつもにこやかな笑顔の先輩だ。
「松島さん、学生インタツアーの写真と記事、こんな感じで行こうと思うんだけど。」
仕事がテキパキと速いうえに、クオリティも高い。宮澤さんがプロジェクトに加わってくれたのは心底、ありがたかった。

こうして、Webサイトは2017年7月に公開ができた!
ひとえに2人のおかげだ。松澤君と宮澤さんに巡り会えたことは、神様からのご褒美に思えた。

当然のことながら仕事である以上、面白いことばかりではない。辛いこと、苦しいことの方が断然、多い。学生が集められず自治体から叱咤を受ける。企業から苦情を言われる。インタツアー内容の変更を言い渡され、運用に手間取ることなど日常茶飯事だ。
それでも、地方の活性化という熱情を込め、歩みを止めずに新規の自治体に提案していく。この仕事に携われているだけで、十分に恵まれているのだ。文句を言うと罰が当たる。
そう、歩みを止めないことこそが大事なのだ。
初受託した「燕プロジェクト(燕市)」も幾度もの修羅場を乗り越えて、現在に至っている。ありがたいことに燕市への取り組みが評価され、長野市、さらに新潟市のインターンツアーを受託することができた。

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自分への約束

ある日、インタツアーに参加した大学3年生からメールが届いた。

正直言って、初めは得体の知れないツアーかと思って不安でした。でも今では、ツアーに参加して本当によかったと思います。
実家の近くにあった企業を訪問させていただきました。
高校のときの通学でいつも目の前を通っていたのに、この企業のことを何も知りませんでした。
ツアーで職場を見せてもらって、こんな身近な企業が世界につながる部品を製造していることを知り、この会社に興味を持ちました。
この前、職場を案内してくれた担当者からメールが来ました。
その時、この会社に興味を持ったので、ぜひ、選考を受けたいと返信をしたら、すごく喜んでいただけました。私もうれしかったです。
4年になったら選考を受けるつもりです。
松島さん、この会社を見学させてくれてありがとうございます。

画面の文字がにじんだ。やがて、とめどなく涙が溢れてきた。自分がやってきたことが、誰かの役に立っている。プロジェクトを諦めなくて、よかった。投げ出さなくて、よかった。
仕事が辛いと思ったときには、入社時当時の自分を思い出すようにしている。こんなことで弱音を吐いているようじゃ、過去の自分に罵倒されてしまうぞと、過去の自分に叱咤激励されている毎日だ。

地方では企業が働き手が枯渇して苦しんでいることをひしひしと感じる。今後、ますます人材不足の拡大が予想されることでの地方の衰退、産業構造の壊滅になんとか歯止めをかけなければ…。このプロジェクトを始めるまでは、東京にばかり目を向けていた。そうじゃない、東京が全てじゃない。地方のほうが死活問題で悩んでいる。目の前の地方の過疎化をなんとかしなければ。
地方創生の仕事に出会えたおかげで、こうして自分創生の道が拓けてきたんだ。だからこそ、今度は地方の創生に全力を傾けたい。そそれが、チャンスや縁をつくってくれた方々への恩返しだと思っている。

今日は東北のとある地方へ向かう。
車窓に映る、いまの自分の顔。そこに、入社当時の自分がダブる。
「わかった、わかった。精一杯、仕事するから、見てろって。」
あの頃の自分へ今日の自分が約束した。

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